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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)713号 判決 1967年1月27日

控訴人 附帯被控訴人 杉田盛治(仮名)

被控訴人 附帯控訴人 杉田フジ子(仮名)

主文

一、本件控訴および附帯控訴に基づき原判決主文第二項以下をつぎのとおり変更する。

二、控訴人は被控訴人に対し金二〇〇万円および内金一〇〇万円に対する本判決確定の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払うことを命ずる。

三、被控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

(一)  控訴につき

控訴人は「原判決主文第二、四項を取り消す。同主文第一項を除き、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

(二)  附帯控訴につき

被控訴人は「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し金二二〇万円および内金四〇万円に対する昭和三九年一二月六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うことを命ずる。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、控訴人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張および証拠関係は左に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(一)  控訴人の主張

控訴人には被控訴人に対し分与しうべき財産もないのに、財産分与を認めた点および控訴人の社会的経済的地位にかんがみ過大な慰藉料を認定した点において原判決は不当である。

(二)  被控訴人の主張

原判決の事実認定を前提として算定しても原審認定の財産分与および慰藉料金額は過少である。

(三)  証拠関係

被控訴人は当審における証人本山栄一郎の証言、被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴人は当審における被控訴人本人の供述を援用した。

理由

控訴人は原判決中離婚については控訴せず、財産分与および慰藉料の部分に対してのみ控訴し、被控訴人の附帯控訴ももとより右の部分に対するものであつて、かかる控訴の効力自体にも問題がないわけではないが、当裁判所は控訴申立のなかつた部分も右と同時に確定するものと見て、控訴および附帯控訴の効力にはかしは無いものと解する。

又、被控訴人は離婚による財産分与二〇〇万円、不法行為による慰藉料一〇〇万円の各支払を求めるので、先づ財産分与と慰藉料の関係について考察する。もとより財産分与は一般的には離婚の原因についての責任の所在の問題と無関係に考えれらるべきものであるから、右の各請求権は本来別個の権利として構成するのが相当である。又婚姻関係が当事者の一方の責に帰すべき事由によつて破壊された場合、他方はこれに対し人格権侵害を理由として慰藉料のみを請求することも勿論可能でなければならない。しかしながら、民法第七六八条三項は、財産分与については、当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきものと規定しており、右にいわゆる一切の事情と慰藉料支払義務の有無およびその金額の判断の基礎となるべき事情(例えば当事者の地位・年齢・財産関係および婚姻の当初より離婚の已むなきに至る迄の間の諸般の事情等)とは殆んど区別をつけ難い程に類似している。してみると、有責当事者に対する財産分与請求に限定して考えた場合には、慰藉料算定の基礎となる事情を度外視して財産分与を考えることは到底不可能であると共に、一旦財産分与の判定につき考慮した事情を、後に別訴において慰藉料算定の上で重ねて評価することも不合理と謂わなければならない。かくして当裁判所は、有責当事者に対する財産分与については、その内容として夫婦共同経済の清算および将来の扶養のほか、慰藉料もこれに包含されるものと解し、従つて本件においても、当事者の法律上の見解に拘束されることなく前記請求金額合計三〇〇万円の財産分与請求があつたものとして、その当否を一括判断するを相当と認める。

以上の見地に立つて、原判決理由冒頭に掲げた各証拠に、当審における証人本山栄一郎の証言、各本人の供述を比較検討してみると、右判決理由一枚目表七行目より同三枚目裏一〇行目迄に記載の事実を認定できると共に、次の(一)ないし(七)の各認定および判断を下すのが相当である。

(一)  被控訴人がパチンコ店に勤務中、その客である控訴人と知合い、同人の妻子の有無をも調査せずして之と肉体関係を結び、次で同棲の後、先妻との離婚により、婚姻関係に入つたことは、もとより軽率な行動に相違ないが、このことの故に被控訴人のみを責めるには当らないことであり、本件財産分与請求には影響を及ぼすべき事柄ではない。

(二)  被控訴人は昭和三三年三月に控訴人と同棲し始めた直後以降先妻の残した三人の子供の養育に当り、同年九月婚姻届出をした後も育児その他の家事に従事したほか、控訴人の営業上の帳簿の記入などを昭和三八年九月の入院の約三ヵ月前まで手伝つたのであつて、此の間被控訴人側に落度として挙げるような事柄は見当らない。又三回にわたり妊娠中絶をなし、昭和三五年九月には避妊手術まで受けたが、これも控訴人から先妻の三児以外に子供は不要と言われたためであり、被控訴人に唖の兄弟があるためではなかつた。

(三)  被控訴人の右手術の余後が悪く入院の間に、控訴人が他の女性とアパートに同棲し、被控訴人が一時帰宅又は一旦退院した際にも家に帰らなかつたことも、夫として、責められるべき事柄であること勿論である。

(四)  被控訴人が昭和三八年七月に退院したのも、病気全快によるものではなく、入院費が嵩むためであつたに過ぎないに拘らず、控訴人が病院から程遠くないところで被控訴人を荷物と共に車から下ろし、家には女がいるから、お前が帰ると家庭を乱す、どこへでも行けと告げて僅かに金二、〇〇〇円を与えて、立ち去り、その後は全く被控訴人を顧みなかつたことは、単に夫婦の情愛に欠けるのみでなく、非人道の誹りを受けても已むを得ないと謂うべきである。

要するに本件において婚姻破綻の責任は挙げて控訴人にあると観なければならない。

(五)  被控訴人は昭和四一年三月以来九州の実家において理髪業の手伝いとして雑役に従事しており、手術の傷痕は全治したといえ、無資産であることは勿論、特に今後の生計を維持するだけの技能もなく、又避妊手術まで受けていることは、三〇歳に近い普通の離婚女性の場合に比しても、再婚により良縁に恵まれる見込は極めて薄いと見るのが至当である。

(六)  一方控訴人は被控訴人の入院も一つの原因となつて、数百万円の負債があり、利息の支払にも追われており、資産として挙げる程のものはないと謂うのであるが、右負債の存在および金額を確認するに足る書証は提出されていない。又控訴人は同棲の最初は店も持たずに電気工事を業としていたのが、表通りに店を開いて右内線工事業のほか、電気器具販売業をも兼ね、可成りの利益も挙げているのであるから、利息の支払に追われていても、最初に比し営業規模は格段に好転したと観られる。従つて積極財産として取立てていう程のものは認められないにしても、自己の生計を維持するだけの資力は十分であるばかりでなく、被控訴人が全く無資力であることを考えれば、控訴人としては、当然相当の無理をしてでも、できる限り被控訴人に対し、離婚後の扶養の義務をも尽さなければならない。

(七)  原審証人杉田よし、大山保の各証言、原審および当審における控訴人本人の各供述中以上の各認定および判断に反する部分は信用できない。

以上に列挙した一切の事情を考え合わせると、仮りに控訴人側に不動産その他或る程度の資産の蓄積が認定される場合には相当多額の財産分与を命ずるのが相当であるが、本件においてはかかる事実は認定し得ないので、被控訴人に分与すべき金額は金二〇〇万円と算定するのが相当である。又財産分与の性質上離婚の効力を生じた上でこれを支払うべきものであるから、右金二〇〇万円の内金一〇〇万円につき被控訴人の請求する年五分の遅延損害金は本裁判確定の日の翌日以降完済迄の限度においてのみ認容すべく、その余の被控訴人の請求は失当として棄却を免れない。

してみると、控訴人に対し財産分与として金二〇万円、慰藉料として金六〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日以降完済迄年五分の損害金の各支払を命じた原判決は、その支払総額については被控訴人の利益に、損害金の起算日については控訴人の利益に夫々変更すべきであつて、本件控訴および附帯控訴は共に一部理由がある。仍て民訴三八五条九二条但書を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 村瀬泰三 裁判官 兼子徹夫)

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